大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(行)147号 判決

原告 安島旭吉

被告 特許庁長官

主文

(請求の趣旨)

一、被告が昭和三三年九月一二日付でした原告の審判官除斥申立を却下する旨の決定を取り消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

(請求の原因)

一、原告は、原告の申し立てた特許庁昭和三〇年抗告審判第一、三六二号事件(原告の出願にかかる昭和二九年特許願第一〇、五二六号に対する拒絶査定を不服として申し立てた抗告審判)において、抗告審判長審判官近藤一緒の除斥を申し立てたところ、昭和三三年九月一二日、抗告審判長審判官野村利男、審判官渡辺総夫、同中村豊は、決定をもつて原告の右申立を却下した。

二、しかしながら、右の却下決定は次のような理由によつて違法である。すなわち、却下の理由は、原告の申立にかかる抗告審判事件について審判官が変更になり、原告が除斥を申し立てた審判官近藤一緒は審判に関与しないこととなつたので、結局において、右除斥の申立は利益がないというのであるが、近藤一緒は、原告と生田茂外九名間の東京地方裁判所昭和一三年(ワ)第一、二六〇号特許権侵害並びに損害賠償請求事件において鑑定人となり、特許庁長官の教唆に応じて生田茂等の行為が原告の特許権を侵害していない旨虚偽の鑑定をしたものであり、原告はその故に除斥の申立をしたのであるから、抗告審判においては右近藤一緒につき、そのような事実が存在し、その故に除斥されるべきであるかどうか、若しくは近藤一緒が自らそのような事実の存在を認めた結果、審判官の変更がなされたものであるかどうかについて実質的な判断を加えるべきであるのに、前記のような理由のみによる却下決定は違法であるというべきである。

三、よつて原告の右除斥申立に対する却下決定の取消を求める。

(被告の答弁)

一、本案前の申立

主文と同旨の判決を求める。

二、本案前の申立の理由

(一)  原告が特許庁昭和三〇年抗告審判第一、三六二号事件において、抗告審判長審判官近藤一緒の除斥を申し立てたところ、昭和三三年九月十二日、抗告審判長審判官野村利男、審判官渡辺総夫、同中村豊が決定をもつて原告の右申立を却下したことは認める。

(二)  しかしながら、本件訴は次のような理由によつて不適法である。

(1) 特許法第九五条第四項は、除斥申立に対する決定に対しては不服を申し立てることができない旨明示しており、これは直接には除斥申立に対する決定に特許審判手続上の不服申立の手段(たとえば即時抗告)を与えないことを規定し、その他の手段(たとえば決定取消訴訟)までも禁止しているものといえないとしても、その法意は、およそ審判事件は審決のみをもつて終了するものであり、除斥申立、参加申立などに対する決定のようなその過程においてなされる判断の当否は、審決に対する不服の理由の一つとして審決の当否とともに争うべきであり、他面救済としてはそれのみで十分であつて、それらの過程での判断を独立に不服の対象とするのは不適当であるというにある。そうだとすれば、本件請求は、特許法第九五条第四項の規定の趣旨に反して不適法であるというべきである。

(2) 除斥申立に対する決定は、いわゆる抗告訴訟の対象となりうる行政処分ではない。すなわち、右決定は、国民の権利義務に直接影響を及ぼすものとはいえないから、これを独立に訴訟の対象として争う理由はない。

(3) (1)において述べたように、特許法が除斥申立に対する決定に対しての不服は、終局の審決に不服であるときに、ともに争えば足りるとしていることを考えれば、本件についてはほかに争う手段があり、現にその決定がなされた事件についての審決の取消請求事件が東京高等裁判所に昭和三二年(行ナ)第四六号事件として係属中である以上、右決定について独立に不服申立を認める利益はないものというべきである。

三、本案の申立

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

四、本案についての被告の主張

(一)  本件却下決定は、除斥を申し立てられた審判官近藤一緒がその事件について当初審判官として指定はされていたものの、当該事件について何ら審理に入らぬうちに審判官の変更によつてこれに関与しなくなつたものであつて、その結果近藤審判官の関与を排除することを目的とした原告の申立はその目的を達したこととなつてその利益を失つたものであるから、本件却下決定は適法である。

理由

一  原告が特許庁昭和三〇年抗告審判第一、三六二号事件において、抗告審判長審判官近藤一緒の除斥を申し立てたところ、昭和三三年九月一二日、抗告審判長審判官野村利男、審判官渡辺総夫、同中村豊が原告の右申立を却下する旨決定したことは当事者間に争がない。

二  しかして特許法第九五条第四項は、審判手続中の除斥又は忌避の申立について審判により決定があつたときは、これに対する不服申立を許さない旨規定(同法第一一〇条により抗告審判においても準用。)しているが、右規定は、除斥、忌避の審判は独立の手続によつてなされるとはいうものの、本案の審判(抗告審判)との関係では派生的な事項、すなわち審判機関の構成に関する審判にすぎないので、これについてなされた決定に対しては独立の不服申立の方法を認めることなく他の不服事項とともに本案の審判(抗告審判)の審決に対して不服を申し立てさせようとする趣旨であると解せられる。そうだとすれば、右規定の趣旨に照らし除斥又は忌避の申立についての決定に対しては、本案の審決に対する不服申立とは別個に独立に抗告訴訟を提起することはできないものと解すべきであり、本件決定の取消を求める原告の本訴請求は不適法といわなければならない。よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小中信幸)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例